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横浜地方裁判所 昭和31年(ワ)799号 判決

原告 神東化学株式会社

被告 金子治助 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告金子治助は原告に対し、別紙目録記載の建物を収去して、その敷地横浜市神奈川区七島町百四十六番宅地二百十三坪九合二勺の中三十五坪三合四勺を明渡せ。被告加藤喜三郎は原告に対し、別紙目録(一)記載の建物より退去して、被告株式会社丸一は原告に対し、別紙目録(二)記載の建物より退去して右土地を明渡せ。被告金子治助は原告に対し、昭和三十年二月二十五日以降右土地の明渡済に至るまで一箇月一万七千五百円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

原告は昭和三十年二月二十三日、訴外安部幸株式会社より横浜市神奈川区七島町百四十六番宅地二百十三坪九合二勺を買受けて所有権を取得し、同月二十五日、その旨の登記手続を経由した。ところが被告金子治助は、右土地の内三十五坪三合四勺(以下単に本件土地という)の地上に原告に対抗しうる権原なくして別紙目録(一)(二)記載の建物二棟(以下単に本件(一)の建物、本件(二)の建物という)を所有しよつて本件土地を不法に占有しており、被告加藤喜三郎は本件(一)の建物を、被告株式会社丸一は、本件(二)の建物を占有しよつて本件土地を不法に占有している。そこで原告は所有権に基いて被告金子治助に対しては、本件(一)(二)の建物を収去の上本件土地を明渡すべきことを、被告加藤喜三郎に対しては本件(一)の建物より退去し、被告株式会社丸一に対しては本件(二)の建物より退去して本件土地を明渡すべきことを求め、なお被告金子治助に対しては、同人が本件土地の上に本件(一)、(二)の建物を所有しよつて原告の本件土地に対する使用収益を妨げているので、原告が本件土地について所有権取得の登記をなした昭和三十年二月二十五日より本件土地明渡済に至るまで一箇月一万七千五百円の割合による賃料相当額の損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。と述べ被告等の答弁に対し、

被告が金子治助が本件土地をもとの所有者訴外斎田定吉から賃借していたとの点は不知、本件(一)の建物は被告金子治助のために所有権取得登記がなされているとの点は否認する。と答え、立証として

甲第一号を提出し、乙第一号証第二号証の一、二は官署作成部分のみ成立を認めその余は不知、第三第四号証の成立は認める。第五号証の成立は不知、と述べた。

被告等訴訟代理人は、答弁として、請求の趣旨に対し、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対し、

原告主張の請求原因事実のうち原告が昭和三十年二月二十三日訴外安部幸株式会社から本件土地を買いうけてその所有権を取得したこと及び被告金子治助が本件土地の上に本件(一)、(二)の建物二棟を所有し、被告加藤喜三郎が本件(一)の建物、被告株式会社丸一が本件(二)の建物を占有し、よつていずれも本件土地を占有していることは認める。と答え抗弁として、

被告金子治助は本件土地の元所有者訴外斎田定吉の前主から同地を賃借したものであり、且つ本件(一)の建物は、原告が本件土地の所有権を取得する以前、即ち昭和二年四月二十六日被告金子治助のため所有権取得登記がなされているから、被告は本件土地の全部に対する占有につき、原告に対抗しうる権原を有する。しかして右賃料は、原告が本件土地の所有者となつた事実を知らなかつたので前所有者訴外安部幸株式会社に対して供託済であり、被告加藤喜三郎、同株式会社丸一は、被告金子治助より本件(一)(二)の建物をいずれも賃借したものである。よつて原告の被告等に対する請求はいずれも失当であるから排斥せらるべきである。と述べ、立証として、

乙第一号証第二号証の一、二第三乃至第五号証を提出し、証人斎田定吉同青木平蔵の各証言並びに被告金子治助本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の成立を認める。と述べた。

理由

原告が昭和三十年二月二十三日訴外安部幸株式会社から横浜市神奈川区七島町百四十六番宅地二百十三坪九合二勺を買い受けて所有権を取得し、昭和三十年二月二十五日その旨の登記手続を経由したこと、被告金子治助が本件土地の上に本件(一)、(二)の建物二棟を所有し本件土地を敷地として占有使用し、また被告加藤喜三郎が本件(一)の建物を、同株式会社丸一が本件(二)の建物を占有居住していることは当事者間に争がない。而して被告金子治助本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第一号証第二号証の一、二公文書たる乙第三号証(登記簿謄本)その方式及び趣旨により真正に成立したものと認められる乙第五号証(土地家屋実測図)及び証人斎田定吉(但し後記信用しない部分を除く)青木平蔵の各証言前記被告本人尋問の結果を綜合すると、被告金子治助は大正七年頃前記百四十六番の宅地二百四十六坪九合二勺の所有者訴外斎田安之助からその一部たる本件土地のうちその南側の一部を含む地域を賃借した上、家屋を建築所有していたが、右安之助の弟斎田定吉が大正九年三月二十五日安之助から前記宅地を買いうけるとともに右賃貸借関係を承継して同被告に引き続き使用させてきたところ、同家屋は大正十二年の震災に遭い消失した。その後同被告は借地のうち本件土地に属しない部分を返還した。次いで同被告は地主である斎田定吉の承諾を得た上昭和二年四月二十六日訴外森谷ヤスから本件(一)の建物を買い受けるとともにその敷地(前記消失家屋敷地に接続する土地)に対する賃借権の譲渡を受け、結局本件土地の全部に亘り賃借権を取得し、地代は昭和二、三年当時一箇月十余円であつた。而して右建物については、売買の当日同被告のために所有権取得登記手続が経由された。右被告は昭和七年頃前記建物消失の跡地に本件(二)の建物を建築したが保存登記手続を経由しないまま現在に至つている。以上の各事実が認められる(証人斎田定吉の証言中右の認定に牴触する部分は信用しない。なお公文書たる甲第一号証(登記簿謄本)前掲乙第一、第三号証同第二号証の一、二及び被告金子治助本人尋問の結果を綜合すると、本件(一)の建物については、被告金子に対する同建物の処分禁止の仮処分決定にもとづく嘱託登記の前提として昭和三十一年十月五日登記官吏が職権をもつて重ねて所有権保存登記をしたことが認められる。而して二重登記の禁止は、不動産登記法が一不動産一用紙の原則を採用する当然の帰結であつて、このことは重ねてなされた登記が、申請による場合たると、職権による場合たるとその間に異同のあるべき筈はないのであるから右の職権による所有権保存登記の無効たるこというまでもない)。

右認定事実により明らかなように、一筆の土地の一部の賃借人たる被告金子がその借地上に所有する二棟の独立家屋のうち、一棟(本件(一)の建物)については登記を経由するも、他の一棟については登記を経由していないのであるが、このような場合、その借地権は「建物保護に関する法律」によつて対抗力を与えられるかどうか、対抗力を与えられるとして然らば対抗力を有する賃借権の範囲は登記ある建物の敷地に限られるのか、それとも借地の全部に及ぶのかは、一個の問題たるを失わない。ところで「建物保護に関する法律」第一条第一項によれば、建物の所有を目的とする土地賃借人が同地の上に登記ある建物を所有するときは、その借地権は登記なきもこれをもつて第三者に対抗できるとされているのであるが、このように登記法上、地上建物の登記をもつて借地権自体の登記と同一に取扱つた右規定の法意は、いわゆる地震売買から借地人の地位を確保しようとする点にあるこというまでもないが、他方右の公示方法をもつて、土地取引上第三者に不測の損害を与える惧れなしとした点にこれを見出すことができる。蓋し第三者は登記簿の記載自体により容易に土地所有者と建物所有者とは別人であり従つて建物所有者は同地につき利用権を有することを予測できるからである。故に右の規定によつて対抗力を与えられる借地権の範囲は、登記ある建物の所在する一筆の土地に限り、これと別個の他の土地に及ばないこと勿論であるが、苟くも借地権の目的たる土地が、一筆の土地の範囲内である以上は、一筆の土地の全部に亘る場合たると、その一部にすぎない場合たるとを問わず、更に右のいずれの場合においても、一棟でも登記ある建物が存在する以上は、他に登記なき建物が存在すると否とに拘わりなく、その借地の全部につき借地権をもつて第三者に対抗しうる筋合である。もつとも借地権の目的たる土地の範囲が一筆の土地の一部にすぎない場合においては、同地番の他の一部の取引という観点からすれば、借地権自体の登記を唯一の対抗要件とする場合に比し、その円滑において或る程度の制約をうけることは否定できないが、この程度の制約は、借地人の地位を確保し更には地上建物の社会経済的効用を全うせしめんとするより高次の理念に止揚さるべきものと解すべきである。なお前記被告は、本件(一)の建物の敷地と、本件(二)の建物の敷地とにつき、それぞれ機会を異にする別個の契約により借地権を取得したことは前認定のとおりであるが、相接続する借地の各一部に関する契約が機会を異にしてなされたからといつてこのこと自体は、「建物保護に関する法律」の前記規定の適用上、特に第三者の利益を害することにはならないことは、前に説明したところから明らかであり、この場合特に右規定の適用を排除する特段の根拠は見出しえない。してみれば本件(一)、(二)の建物の各敷地の全部に亘る被告金子の借地権は「建物保護に関する法律」第一条第一項により対抗力を有するものというべきである。而して公文書たる乙第四号証(登記簿抄本)及び被告金子治助本人尋問結果を綜合すると、前記のように本件(一)の建物につき昭和二年四月二十六日被告金子のため所有権取得登記がなされた後、本件土地を含む前記百四十六番の宅地は、前記斎田定吉から日本飲料株式会社、日昭化学株式会社、安部幸株式会社を経由して原告が昭和三十年二月二十三日所有権を取得し、同月二十五日所有権移転登記を経たことが認められるから、原告は同日本件土地の賃貸人たる地位を承継したものというべく、被告金子は借地人として本件土地を占有するにつき原告に対抗しうる権原を有する。而して被告加藤喜三郎は本件(一)の建物を、被告株式会社丸一は本件(二)の建物をいずれもその所有者たる被告金子から賃借したものであることは、被告金子治助本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨により認められるから、それぞれ賃借建物の敷地占有につき原告に対抗しうる権原を有するものといわなければならない。以上の理由により本件土地所有権にもとづき被告金子に対し本件(一)(二)の建物収去、本件土地明渡並びに損害金の支払を、被告加藤に対し本件(一)の建物からの退去を、被告会社に対し本件(二)の建物からの退去を求める原告の本訴請求は全部失当として棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎政男)

土地目録

横浜市神奈川区七島町一四六番地

一、宅地 二百十三坪九合二勺の内

別紙〈省略〉図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の各点を直線をもつて順次連絡して囲まれた赤斜線に相当する部分の土地

建物目録

(一) 横浜市神奈川区七島町一四六番地所在

家屋番号 同町四七四番

一、木造亜鉛葺平家建店舗 壱棟

建坪 拾弐坪

(二) 右同所同番地所在

家屋番号 同町四七一番

一、木造亜鉛葺二階建店舗 壱棟

建坪 十三坪五合

二階 九坪

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